キャッチーなタイトルを見た瞬間になぜか「これはわたしや、わたしたちの物語である」と感じた。
故郷を離れ日本で戦ってきたジャケルさんの半生は、
これから衰退していく日本と私たち日本人の、これからの物語でもある。
私は中学生の時にバングラデシュという国を知った。
「世界最貧国」としてではなく、大好きなゲームの舞台として、バングラデシュにあこがれを抱いていた。
その後タゴールの詩に出会い、美しく豊かな言葉に圧倒された。
こんな文化を持つバングラデシュをいつか訪れてみたい、そう思って2010年にインド・カルカッタから空路でバングラデシュ・ダッカに入った。
空港から電車に乗ろうと思ってのけぞった。
屋根の上にまで人が乗っている電車の中には、人、人、人、ヤギ、鶏。
足の踏み場もない電車の中で、外国人の私に席を作ってくれて、あたたかく見守ってくれた。
どの人の笑顔も穏やかで優しく、私は今までの憧れをさらに上回ってバングラデシュのことが好きになった。
この本で描かれた故郷の風景「ココナツ畑、汚れた池の水と、ぬかるんだ道」「母が毎日水を汲んだフェニ川」を読むだけで、
私の目にもバングラデシュの美しい風景が目に浮かび、泣けてくる。
遠い異国の地で故郷を思う気持ちが痛いほど伝わってくる。
あるバングラデシュの男性が、教育を受け道を切り開いていくお話。
タイトルになった「パンツを脱いだ」は、人前で裸になる習慣がないバングラデシュに生まれ育ったジャケルさんが
銭湯で裸になった瞬間、「プライドがすべて崩壊」し、「生まれ変わった」体験がもとになっている。
この本では、その体験に至るまでのジャケルさんの半生も描かれている。
「生まれた瞬間3kgの米と交換されそうになった」という壮絶な体験が描かれながらも、
「初恋がやぶれた瞬間の絶望」が才能あふれる文章で描かれているところに、等身大の人間が感じられて共感してしまう。
特に「初恋の人と、落花生をむきながら帰った学校の帰り道」の描写は、あまずっぱくて、懐かしくて、思わず涙してしまった。
帯にある言葉は、この失恋の時に作ったジャケルさんの詩から引用されている。
「どこにでもある、にんげんのものがたり」
この言葉の通り、時代も国も文化も超えて、私はジャケルさんのものがたりに魅了されていった。
教育によって道を切り開いていく様子は感動的。
一方で、人種差別によって道が絶たれ、絶望する様子には、胸がつまる思いがする。
夜の海で故郷の家族を思い、兄弟と慟哭するシーンが美しい。
「それよりも泣こう。この浜辺なら波の音で誰にも聞こえない」
キャッチーなタイトルを見た瞬間に「これはわたしや、わたしたちの物語である」と感じた。
故郷を離れ日本で戦ってきたジャケルさんの半生は、
これから衰退していく日本と私たち日本人の、これからの物語でもある。
わたしやわたしたちが、異文化で生きていく決意をした時。異文化で生きる必要に迫られた時。
きっとジャケルさんが感じた喜びや挫折、絶望を感じるのだと思う。
それでも「日本が好きだから、帰化した」というジャケルさんの強さに救われる思いがする。
ジャケルさんは、「遠い外国にいる、かわいそうな(でも私たちとは違う)存在」としてではなく、
「すぐ隣にいて、日々を生き抜いている、同じ存在」として心に迫ってくる。
「どこにでもある、にんげんのものがたり」は、国や文化や時代を超えていく。これは、わたしのものがたりでもある。
パンツを脱いだあの日からー日本という国で生きる
マホムッド・ジャケル